清塚信也 OFFICIAL BLOG: 2010年4月

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2010.04.28

関越の旅・2

雨の日が続く。

朝起きても夕方なみの暗さだ。

僕は"ある周期"になると「朝」というものが嫌いになるから、

今は「こういう日が永遠に続けばいい」とさえ思っている。

そう、今はその"ある周期"なのだ。


"ある周期"については訊かないでほしい。

それは「季節」みたいなもので、向こうから勝手にやってくるものだから、

自分でも説明がつかない。

「そういう時期ってないか?」

「あぁ、あれのことね。今まさにそれだよ」

みたいに、伝わる人としか語り合えない事も世の中には沢山ある。

そればかりは仕方ない。

伝わらない人とは最後まで伝わらない。

最後までかどうかはわからないが、

少なくとも説明しなきゃ解らない人とそういう類の話をするのは、もの凄く疲れる。

埼玉のローカルラジオを秋田で聴こうとするくらい大変だ。

いや、今はけっこうネットとかでローカルなラジオでも聴けるか...。

そういえば、子供の頃に、

韓国の田舎でテレビのチャンネルをまわしていて

NHKが映ったとき、なんだか酷くがっかりしたなぁ...。


関越自動車道では、

「鶴ヶ島」を越えて更に少し北へ行くと「嵐山」というPAが出てくる。

当然最初は「あらしやま」と読むが、これ実は「らんざん」と読みます。

かっこいいよね、この名前。

僕がいつも想像するのは...

その昔この土地には妖怪の住む山があって、

そこに入山した人は必ずと言っていいほど神隠しにあった。

人々はその山を妖山と名付けて恐れていた。

その噂を聞きつけた凄腕剣士の「嵐丸(らんまる)」は、その妖怪を倒しに行こうと企てる。

そして、嵐丸が妖山に行ってみると...

そこにはただの弱虫妖怪しかいなかった。

弱虫妖怪は「ただ友達が欲しかっただけなんだ...」と嵐丸に平謝りした。

凄腕剣士の嵐丸は当然心も広い。

だから妖怪に「二度と悪さをしないで、これからは村人たちの助けになることをするんだぞ」と

言い渡してその場を去った。

それ以来、妖山は麓にある村の豊富な資源として重宝され、名も「嵐山」と改められた。

弱虫妖怪も隠した人を全員家に帰してから、嵐丸の仲介のもと、

村人ととても仲良く暮らすことが出来たとさ...。


なんてね。


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【僕が雨の日のランチに良く行く店のスープカレー。
        ケンイチもNAOTOさんも吉田翔平も......
                "話しの合う"人たちは、大抵連れてきた】

2010.04.26

関越の旅・1

長野方面に行くのに重宝する「関越自動車道」には、
面白い名前のIC (インターチェンジ)が沢山ある。
まずは「鶴ヶ島」。
鶴ヶ島は圏央道と関越の分岐点になるわけだけど、
僕はいつも自宅に帰るときは圏央道の方を使います。
だって夕方時は練馬周辺が渋滞でやばい...。

鶴ヶ島には、その昔「桃太郎」という男に退治された鬼たちがいる。
もう何千年も前の出来事だという話だが、
それはあくまで鬼たちが証言しているだけなので定かではない。
今では鬼たちは人間と共存するために悪さをやめ、
きちっと働いて生活を国から援助して貰っている。
何をして働いているかって?
鬼たちはその昔「鬼ヶ島」と言われていた土地をテーマパーク化して、
自分達をそのテーマパークの見せ物のひとつとしている。
経営は国にまかせる約束になっていて、売り上げの殆どは国のものになる。
閉園前に鬼たちが見せる「鬼ダンス」は特に人気があって、
それを観るためだけに21時近くになってから入園する客も沢山いるらしい。
赤鬼の「ツノ振りダンス」はやはりテッパンだが、
最近の若者には青鬼の「腰ツノブレイクダンス」が受けているようだ。
彼らの人気のおかげで「鬼ヶ島」改め「鶴ヶ島テーマパーク」は不景気の波も何のその。

.........とか何とか考えながら、車の中でクスクスと笑う僕でした。
もし見られたら相当変人にみえるだろうな。

つづく


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【高速でみる夕日は美しい。朝日も最高】

2010.04.22

体内の世界

僕は心理学が好きで勉強しているんだけど、
昨日参考書を読んでいて衝撃が走った。
"患者の言葉からどんな精神疾患を患っているかを見抜こう"という、
言わば「カウンセリング術」のような項目だったんだけど、
その中の「10歳の子供の症例」に、僕がいました。

「授業中にじっとしていることが出来ず、
 ふらふらと出歩いてしまう。
 算数、中でも引き算が著しく苦手」

おいおい、オレのことじゃねえか...。
思わず呟きました。
僕も授業中座らされることがホントに嫌で、ずっとふらふら歩いていました。
それでも厳しい先生が僕を無理矢理座らせたりすると、
僕は頭に爆弾を入れられたかのように頭痛がしてしまい、
結局「早退」を余儀なくされてしまう。
その頭痛は、保健の先生は勿論、
救急車で病院に連れて行かれた後にドクターに看てもらっても原因がわからない。
今思えば「心気症」だったんだな。

ふらふら歩いてしまうのはADHDと呼ばれているし、
算数が著しく出来なかったのはLDと呼ばれる。
あの時、他にもそういう子がいるなんて微塵も思わなかったなぁ。
それがわかれば少しは気が楽になったかなぁ。
大人たちも僕自身も、きっとこれは「障害」や「病気」で、
なかなか治らない「異常」なんだ...と思っていた。
だから差別もされたし(区別ともいうかも)、当然いじめや侮辱もたくさん受けた。

でも、僕は僕なりに考えてることがあったんです。
どうしても席に座れない、どうしても計算出来ない。
僕なりに本気で頑張っているんです。
「まじめにやっていない」と思って、怒る大人が多かったのがすごく悔しかった。
責められれば責められるほどいじけて「かたくな」になってしまった。

僕は自分を守るために人と喋ることをやめた。
                    ↓
ほとんど誰ともちゃんと話せない子供が出来上がった。
                    ↓
             孤独な奴

忘れないで欲しいのは(特に学校の先生たち)、
そういう子供にも「世界」があるということ。
何も考えていないわけじゃないし、真剣に生きていないわけじゃない。
ただ、普通は「外」に創るはずの世界を、自らの「体内」に創っているんだ。
外交はしないけど、邪魔をされずに自国の中だけで暮らしている。
そういう子供達を、やっぱり「群れ」の中に行かせなきゃだめですか?
どうしても?だめ?
確かに、僕はそれで「群れること」を放棄したがために、
高校生の頃なんか友達を作るのに苦しんだ。
けど、それでも、自分の世界を踏み荒らされるよりはずっと良い人生だったと思う。
学習障害だってある時ふと考え方が変わってから、
ちゃんと引き算出来るようになったし(やっぱり苦手だけどね)、なんの障害もありませんでした。
僕にはピアノという世界、ピアノという表現があったから助かったのかもしれない。
だから、体内に世界を創るような子供には、独特の「表現法」を探すのがいいと思う。
みんなと同じ事しなきゃいじめられるような風習は、
もっと早いうちに変わらなきゃいけなかったと僕は思います。

さて。
この「心理学」と「僕の音楽」をコラボレーションして、一体何が出来るのか。
これが今の僕の世界の表現ということになります。
今日はまた美しいRainy dayだな。
ちょっと寒いけど、気温の変化は自分の生命をはっきりと映し出してくれる気がする。
振り返れば、僕の人生、そこにはいつも独りぼっちの僕がいるけれど、
独りでいることを許してくれた母とピアノに心から感謝したい。
苦しんでいる子供たち。
先生や親の言うことが「全て」だと思ってはいけない。
半分邪魔されてると思うくらいでいい。
大切なのは「自分の声」を聞くこと。
それを無視して無理ばかりしていると、
いつしか「自分の声」は聞こえなくなってしまうよ。
サンタクロースや妖精がいなくなってしまうようにね。


DRIVE.png

【空に向かって飛んでいくみたいな道でしょ。
 言っていっとくけど、前回書いた「ドライブ中に電話」というのは、合法的にですよ。
 僕の車にはブルートゥースで車内と携帯を繋ぐことが出来る機能があるんです】

2010.04.20

ポップコーンの悪夢

僕らはいつも何かを生みだそうとしている。
0から1に。
そして、生んだ「1」を「∞(無限大)」に。
だから、僕らの生活に「休み」という概念はない。
でも、もちろんずーっと永久的に集中力が続くわけではないから、
休みはとらなくてはいけない。
その「休み」というのがやっかいだ。
休んでいても、それは「五線紙に音符を書かない」とか
「ただピアノを弾かない」だとかってことで、
頭の中はフル回転していたりする。
それじゃあ休みにならないんです。

だから僕は休みをお金で買うことにしてる。
例えば、レイトショーの映画を観に行く。
これなら自分に「よし、ちゃんと休めよ」と
言い聞かせられるのでけっこうな気分転換になる。
こうでもしないと、ただぼーっとするという事が僕には出来ないので、
「休む」という行為がとても難しいものになってしまう。

わかるんだけどね...。とてよよくわかる。
けど、映画中にガシャラガシャラとポップコーン食べるのやめてください!!
「好きなこと+α」
これは最強コンボです。それはよくわかる。
例えば。
温泉地で味見する魚や日本酒。
良い音楽会に好きな人と。
そして、映画にポップコーン...。
その他にも、僕の場合はドライブが好きなので、
ドライブ中にする電話とかけっこう好きです。
その良さはものすごく理解できるけど、
お願いだから公共の映画館では、
ガシャラガシャラって音を立てながらのポップコーンはやめてください。
僕みたいに、ようやく、やっと、ファイナリー、
休み時間として人生をかけて楽しみに映画館に来ている人もいるので。

大体、売ること自体が間違ってるだろう。
売るなら注意するべきだ。

1 携帯の電源はオフに。
2 館内禁煙。
3 上映中はお静かに。
4 どんなに足が長くても前の席は蹴らない。

3番目をもうちょっと細かく注意してほしい。
ポップコーンは音を立てない。

あまりにもストレスが溜まったので書いたしょうもない内容のブログでした。
こんな下らないことに時間を...とお思いでしょうが、
計ったところによると、今最初の文字を書き始めてから「5分46秒」ということなので、
見直しも特にしないし、まぁいいや。
みなさまも、映画館でのポップコーンにご注意ください。
では皆様、良い"Rainy day"を。


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鎌倉の山から。こういう良い景色を観ているとき、
 僕はやっぱりどこかで何かを生もうとしている。
 だから、半分くらいしか景色は観てないんだと思う。

2010.04.15

ある男

「ねえ、あなた、さっきの夕暮れをみました?
 いやぁ、凄かった~。
 ああいうのを『芸術』って言うんでしょうね。
 なんかね、こう、絵はがきの世界に
 迷いこんじまったみたいな感覚でしたよ」

男はスコッチをちょびっと口にいれる。

「...はぁ(ため息)、
 なんでまたこういう日に良いことが続くんでしょうか。
 人生っちゅうのは皮肉なことばかりですねぇ...」

それから暫く男は酒と向かい合ったまま何も喋らなかった。
どれくらいだろう。
たぶん30分かそれくらいだ。

男はスコッチを飲み干して、マスター同じのくれやと言って
カウンターの向こうでキュッキュとワイングラスを拭いているマスターに
常連っぽくおかわりを頼んだ。
そして、また僕に向かって話し始めた。

「今日はね、久々に仕事がうまくいってねえ、
 『あぁ、良い仕事したなぁ』って自分でも褒めてあげられるくらいですよ。
 それでね、たまにはツイてる日もあるもんだなぁ...なんて考えながら
 車で帰宅しようとしたら、あの夕暮れでしょ。もうたまらんですよ」

マスターがスコッチをロックで持ってきた。
グラスが置かれたとき、中の氷が動いて色っぽい音を出した。
カランカラン。
男はマスターに軽く会釈をして、スコッチをちょびっと舐めた。
「帰りの車ではね」男は言った。

「いつもなら苛々するはずの渋滞さえ綺麗に見えました」
「あなた車運転する?あぁ、そう、それなら分かるでしょ?
 それって凄いことでしょ?やばいでしょ?
 そんなことって、なかなかないですよ」

周りを気にせず男の声は大きくなって熱を帯びていった。
僕はマスターをちらっとみた。
マスターもこちらをちらっとみた。

「さすがに無神経なわたしでもね、
 あぁ、一度しかない人生、
 こんなに美しい日を逃しちゃいけないって思いました。
 それで急いで車を家に置いてから、このBARまできたんですよ。
 そしたら大好きなピアノの音がきこえてきてね、
 ちょっと怖くなっちゃうくらい感動したんですよ」

男はスコッチの入ったグラスに付いている水滴を手で拭っている。
男の表情はとても満足げだった。
でも、それでも体中に疲れが充満しているのがわかった。
「このBARはいつも全然人がいないからね、落ち着くよね」
それから何度か男はため息をついた。

「さぁ、そろそろ帰ろうかな。
 今日は本当によかったよ。ありがとうね。
 ...あ、ありがとうなんて言われても困るよね。
 でもさ、こんな良い日なんだもん。
 誰かにありがとうって言いたいじゃないか。
 だからさ、あなた、代表してわたしのありがとうを受け取って下さいよ。
 はぁ(ため息)、こんな良い日があると、
 もうちょっと人生とやらを信じていいかなって気になっちゃうよねえまったく。
 こうやって自分から近づいておいて結局突き放すんだからな、
 人生って本当に残酷だよなぁ...」

男が帰った後も、男が座っていた席には「幸せと疲れ」が漂っているように見えた。
僕にとってはそれがすごく味のある美しい空気に感じた。
わるくない、わるくない。


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【浜松から豊橋に抜ける国道1号線。太平洋を観ながらバイパスを走れます。
 もし東京方面から豊橋に行くなら、東名を浜松あたりで降りて、
 鰻でも食べてから1号線を行くことをお勧めします。浜名湖ルートもあるけどね。
 全然関係ないけど、鰻って書くと美味しそうだけど、ウナギって書くと生々しいね】

2010.04.13

街物語 新参者

昨日(4/12)はTBSの新ドラマ「新参者」の試写会でピアノを弾いてきました。
出演は「阿部寛さん」「黒木メイサさん」、主題歌を歌うのは「山下達郎さん」...
と、なんとまぁ豪華なメンバーです。

このうち阿部寛さんと黒木メイサさんが舞台挨拶にいらしていて、
僕はなんと、お二人と同じステージに上がらせて貰いました。 しかも、山下達郎さんの「街物語」という主題歌を
ピアノアレンジさせていただいて弾かせて貰いました。 はっはっはいいだろう。 あの山下達郎さんの発売もされていない曲を誰よりも先に聴かせて貰って、
しかも自らアレンジをして弾ける、阿部寛さん黒木メイサさんのいらっしゃる舞台で。 今年のツキを全て使ってなきゃいいが...。 そういえば、最近写真を撮るのがすごくめんどくさくなってます。 もともと写真を撮るのが好きではないのだけど、最近は特に好きじゃない。 昨日も、ショパン「幻想即興曲」と「龍馬伝紀行」で弾いているメインテーマと
山下達郎さんの「街物語」を弾き終わって、もう写真を撮る労力は残っていませんでした。 エネルギーがなくなったというより、
なんだかこの場の空気を「写真」という限られた部屋に入れ込むのが嫌になるんです。 だって、生の舞台はもの凄くエキサイティングだから。 それらはそこにいた人にしか分からないものだし、
それを写真で捕まえて檻の中に閉じ込めるのは、
沖縄のホテルの壁に張り付いているトカゲを捕まえるより難しい。 だから、伝わる写真を...と思うとすごく疲れるんです。 というわけで、気が向くまで写真はお休み。
そのかわり、何だかとてつもなく関係ない写真をばかばかとのせていくことにしよう。
そうそう、TBSの新ドラマ「新参者」試写会...。
ネット上で観れるからどうしても観たい方はそこへGO。




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僕の主治医の横井泰先生と奥様の容子さん。いつも僕の不眠治療をありがとうございます

2010.04.10

さて

さて、今日はこれから大阪へ移動します。
新幹線の中では何をしようか。
今、ピアノアレンジをしなきゃいけない仕事があって、
それをやろうかとも思うんだけど、
新幹線の中って妙に毎回居心地が違って、
居心地が良くないと全然仕事なんかやる気にならないし、
居心地が良すぎると読書とかしたくなるので、結局仕事しません。
居心地が良いときは自分や人生について色々と考えたくなって、
過ぎゆく景色を観流しながら永遠と考え事をしています。
おいおい、はじめっから仕事する気がないんだろ。
...と思うでしょうがそんなことないんだけどね。

さて、この1週間で1年分の「人付き合い」をしました。
飲み会やら食事やらが「ヘタ」で、
全くと言って良いほどm普段「人付き合い」がない僕にとってはね...。
メンバーは有名人ばかりなので、あんまり長々書いているといやらしいからやめとく...。
その中に「古澤巌さん(Violin)」がいらして、僕にとっては高校生ぶりでした。
その昔、僕が高校生だったころ、僕の良く通うお寺に
「ギトリスさん」というヴァイオリニスト(巨匠)がやってきて、
その集いに古澤さんもいらしていたというわけで、
その時はボクが新人過ぎて、ろくに話も出来ませんでした。
古澤さんも結構寡黙な感じだったので、
「おう小僧、せいぜい頑張れよ」的な感じに勝手にみえてましたが、
今回お話してみて全然そうじゃないのだとわかりました。
いやあ、人生っておもしろいね。
こうやって以前出逢った人と再会すると不思議な気持ちになります。
人生とはやっぱり「道のり」です。

じゃ、ごきげんよう。


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【仙川を散歩してきました】

2010.04.05

龍馬伝紀行

もう、永遠に止まないんじゃないか。
そんな錯覚を起こしてしまう雨もある。
いつかは晴れるなんてウソだ、
太陽はもうずっとこのまま薄暗いグレーの雲に包まれて眠ってしまっているんだ。

4月4日の「龍馬伝紀行」...... 僕のピアノで始まりました。
ピアノバージョンはオリジナルのオーケストラの雰囲気と随分違うので、
一瞬「何の曲だろう?」なんて思う方もいらっしゃるようですが、
これから数ヶ月聞いていくうちに、
きっとオリジナルとの共通点も浮かび上がってくることと思います。

「大河ドラマ」っていつもどこかに哀しみが潜んでいる。

なぜなら、浪漫だから。
龍馬の人生も浪漫だ。
自らの意見を持つということは、浪漫紀行を旅することだと思う。
「意見」というのは、自分で思っているように感じても、
実は何かに依存していたり影響を受けていたりする。
大体、多数意見に流されてることが多い。
少数意見だとしても(たとえそれが自分一人だけの意見だとしても)、
それを一貫して押し通す度胸を持っている人は少ない。
不安と葛藤、そのふたつをもってすれば、どんな人の度胸も大抵は揺らぐ。
でも、龍馬はそれが揺らがなかった数少ない一人だろう。
そんな彼の人生は、まさに冒険そのものだ。
だから「浪漫」だと思う。
別に浪漫が哀しいというわけではないけど、冒険は哀しいものです。
実際「哀しい」と感じるわけではないけれど、
ひとり旅をしているといつもどこかに哀しさが付きまとう。
こればっかりは実際にひとり旅を体験してもらわなければ分からない話かもしれませんね。

あと「大河ドラマ」に哀しみが帯びている理由は、それがもう亡き人の話だから。
龍馬伝。
どれだけ活き活きした話でも、その話はもう昔過ぎ去った話だ。
それがどこか切ない。
生き様というよりも、死に様をみているよう。
これってクラシック音楽にも同じ感覚があります。
どこまでいっても、どこかにいつも「切なさ」や「哀しさ」が付きまとう。
そう言う意味で、今回の「龍馬伝紀行」のピアノは成功したかなと思います。

どこかに哀しみ。

そんな気持ちで2分弱のあの番組を観てみて下さい。
では。


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【感動には哀しみが隠されている】

2010.04.02

世界まるごとクラシック

4月になりました。
普段ほとんど鳴ることのない僕の携帯にも、
いくつかの「嘘」をつくための着信がありました。
僕はそれら全ての嘘を見抜いてやりました。
でも、はじめ僕は黙って「驚いたフリ」をして騙されてやります。
やがて相手は面白がって「騙された〜今日はエイプリルフール!」と言って嬉しがります。
僕はその嬉しがった言葉にたたみかけるように、急き込むように言い返します。
「僕の嘘は"騙されてやったこと"だ」と。
それで相手も意気消沈。
悲しげに電話を切るハメに。
Hahaha!

さて、3月の一番最後の日に国際フォーラム「ホールA」で行われた
「世界まるごとクラシック」に参加してきました。
青島先生とも何度か同じ舞台に立たせて貰っているので、
だいぶ、先生のペースみたいなものが掴めてきました。
僕はチャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」と
ショパン「別れの曲」を弾いてきたのだけど、
どちらも気持ちよかったです。
国際フォーラム「ホールA」で「別れの曲」を静かに弾くとちょっとしたものですよ。
5000名もの人々と共有している空気の流れを、
自分ひとりの指先だけでコントロールしている気分になる。
もちろん、観客と一緒に築き上げているので僕ひとりの力ではないのだけど、
それでも、僕がテンポを「溜める」とき、客も次のリズムや音を「待つ」。
その瞬間、僕は5000名もの人々と「対話」できるのです。
「ほら、もう少しで鳴らすから待っていろよ」
「うん、今か今かと待っている」
そんな対話です。
そのテンポが合わないと、そのときのコンサートは失敗。
今回はわりに上手くいった気がします。
どうかな?

チャイコフスキーのことも沢山書きたいことあるのですが、
ちょっと長くなりすぎるのでやめときます。
また近々更新する気になったら。

さて、僕の他にもゲストがいて、
ヴァイオリニストで参加なさっていたのが「奥村愛さん」でした。
僕はそれほど面識がなかったのですが、
音楽学校時代に先輩としてとても有名だったし、
何しろ美しく、すれ違う度に目に付くから、すごく身近な存在でした。
言葉にするとかなり気持ち悪いね。
でも、男なら仕方ない。
嘘だと思うなら生の奥村愛さんを観にコンサートへGO。
しかし、奥村さんのヴァイオリンは素敵だった。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。
個人的にも大好きな曲ですが、奥村さんの弾くヴァイオリンがまた美しいこと美しいこと。
2回公演のコンサートだったので、2回とも聞き惚れていました。

楽屋裏では久しぶりにお会いした奥村さんとお話をしました。
全然何でもない世間話だったのですが、彼女は本当に頭が良いのだとわかりました。
ということで、舞台でも舞台裏でも充実した時間を過ごせた「世界まるごとクラシック」でした。
ではまた。

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【ええと、ぼーっとしていて、
 今回の世界まるごとクラシックでの写真撮影を忘れたので、
 去年12月、北海道キタラでのコンサートの打ち上げの時の青島先生との写真です。
 例によって僕は真っ赤です。弱いのに好きって神様も辛い試練を...】